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ⓘ 宮田和幸. 宮田 和幸 (みやた かずゆき、1976年1月29日 - )は、日本の男性レスリング選手、総合格闘家。茨城県水戸市出身。土浦日本大学高等学校、日本大学文理学部卒業 ..




宮田和幸
                                     

ⓘ 宮田和幸

宮田 和幸 (みやた かずゆき、1976年1月29日 - )は、日本の男性レスリング選手、総合格闘家。茨城県水戸市出身。土浦日本大学高等学校、日本大学文理学部卒業。BRAVE主宰。

バックボーンのレスリングを生かしたテイクダウンが得意で、強靭なフィジカルを誇った。

                                     

1. 来歴

10歳からレスリングを始め、シドニーオリンピック・フリースタイル63kg級日本代表、全日本レスリング選手権大会フリースタイルで優勝3回(1999年63kg級、2001年69kg級、2002年66kg級)という実績を持つ。

2004年11月20日、総合格闘技デビュー戦となったRumble on the Rock 6でホイラー・グレイシーと対戦し、三角絞めで一本負け。

2005年2月23日、K-1 WORLD MAXにて、K-1ルールで武田幸三に3R0分39秒、KO負け。本来出場する予定であった山本"KID"徳郁の怪我での欠場による代打出場として、大会前日のオファーを引き受けた。

2005年3月26日、HEROSでイアン・シャファーと対戦し、判定負け。

2005年7月6日、HEROSミドル級(-70kg)トーナメント開幕戦でシャミール・ガイダルベコフと対戦。タックルからテイクダウンし、チョークスリーパーでタップを奪い、プロ初勝利。

2005年9月7日、HEROSミドル級トーナメント準決勝で須藤元気と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負け。

2006年3月15日、HEROSでエリカス・ペトライティスと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。

2006年5月3日、HEROSのメインイベントにて山本"KID"徳郁と対戦。試合開始直後に山本が放った左跳び膝蹴りを顔面にまともに受け、4秒でKO負けを喫した。この膝蹴りで宮田は下顎骨を骨折、折れた顎をワイヤーで固定する手術を受け、長期離脱を余儀なくされた。

2006年10月9日、HEROSミドル級トーナメントのリザーブファイトでイアン・シャファーとリベンジ戦。パウンドの連打でシャファーの左目尻から流血、ドクターストップでTKO勝ち。

2007年1月27日、天皇杯全日本レスリング選手権大会・フリースタイル74kg級に出場。初戦となった2回戦を勝ち抜くも、3回戦で敗れベスト8となった。この結果、6月開催の明治乳業杯全日本選抜選手権への出場権を獲得したが、出場を辞退した。

2007年3月12日、HEROSでブラックマンバと対戦。今までに無い流れるような関節技の連携を見せ、1Rに変形チョークスリーパーで一本勝ち。

2007年7月16日、HEROS 2007 ミドル級トーナメント開幕戦でビトー・"シャオリン"・ヒベイロと対戦。1Rは打撃では手数で宮田、有効打でシャオリンという立ち上がりだったが、2R序盤にシャオリンにテイクダウンを許すと肩固めを極められ一本負け。

2007年9月17日、HEROS 2007 ミドル級トーナメントのリザーブファイトでハービー・ハラと対戦。タックルでテイクダウンを奪うと腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。

2007年12月31日、K-1 PREMIUM 2007 Dynamite!!でヨアキム・ハンセンと対戦、チョークスリーパーで一本負け。

2008年3月15日、DREAM.1のライト級グランプリ1回戦でルイス・ブスカペと対戦、チョークスリーパーで一本負け。

2009年1月、東京都足立区千住(北千住駅)に自らのジム「Brave」をオープン。1月26日にオープニングセレモニーを開催し、その場で谷川貞治に同年開催予定のDREAMフェザー級トーナメントへの出場を志願した(その後、フェザー級のリミットが63kgに決定したこともあり、出場を断念)。

2009年4月16日、DEEP初出場となったDEEP 41でソ・ジェヒョンと対戦し、フロントチョークで一本勝ちを収めた。

2009年5月24日、ZST初参戦となったZST.20でタッグマッチ(15分3本勝負)に出場。永田克彦とオリンピックタッグを組み、山田哲也&奥出雅之と対戦するも、0-0のドローとなった。

2009年10月6日、DREAM.11のフェザー級(-63kg)グランプリリザーブマッチでDJ.taikiと対戦し、判定勝ちを収めた。

2010年5月29日、ケージ開催となったDREAM.14で大塚隆史と対戦し、2-1の判定勝ち

2010年7月5日、5年4か月ぶりのK-1参戦となったK-1 WORLD MAX 2010 〜-63kg Japan Tournament FINAL〜の第1リザーブファイトで渡辺一久と対戦。先に2度のダウンを奪うも1度のダウンで追い上げられ、ジャッジ3者とも27-26の判定勝ち。

2010年9月1日、埼玉県三郷市にリング、オクタゴンを完備したメガジム「BRAVE三郷支部」をオープンした。

2010年9月25日、DREAM.16でリオン武と対戦。1Rにはジャーマン・スープレックス2連発を繰り出し、3-0の判定勝ち。

2010年10月、ゆめ半島千葉国体レスリング・フリースタイル66kg級で3年8か月ぶりにレスリングに復帰。1回戦を勝ち抜くも、2回戦で敗退した。

2010年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜で宇野薫と対戦。宇野をジャーマン・スープレックスで計3度投げ、3-0の判定勝ち。総合格闘技6連勝となった。

2011年7月16日、DREAM JAPAN GP FINALのフェザー級(-65kg)タイトルマッチで高谷裕之と対戦し、1-2の判定負けで王座獲得に失敗した。

2018年12月31日、RIZIN.14で山本アーセンと引退試合で対戦し、ガードポジションからのアームロック(片手によるハンマーロックから両手によるハンマーロックに連絡。)で一本勝ちを収めた。

                                     

2. 人物・エピソード

  • 中学時代、高校で同級生になる小見川道大と柔道の個人戦、県大会決勝で対戦。僅差の判定で敗れた。桜井"マッハ"速人も高校の同級生。小見川とは高校時代、学校に行かずに共にパチンコに行く仲だったという。
  • 23歳で結婚し、子供三人(息子・娘・娘)を持ち、千葉に一軒家を持っている。
  • 三兄弟の次男。長男(レスリング、柔道、ボディビル)、次男(柔道、レスリング)、三男(サッカー)とスポーツ兄弟である。
  • 所属ジムが無く出稽古のみで練習していたため、移動の時間や費用が負担になり2009年1月に自分のジムを持った。
  • 趣味はラーメン屋巡りや旅行。また収入はサラリーマン時代(レスリング実業団)に比べると格段に増えたのが確定申告の際に驚いたと本人がブログで語っている。
                                     

3. 関連項目

  • DREAM選手一覧
  • 男子総合格闘家一覧
  • HEROS選手一覧
  • K-1選手一覧
  • 男子レスリング選手一覧
                                     

4. 外部リンク

  • バウトレビュー 選手データ
  • HEROS 選手データ - Internet Archive
  • DREAM 選手データ
  • SHERDOG 選手データ
  • 宮田和幸 - Olympedia (英語)
  • 公式ブログ
  • 総合格闘技・キッズレスリング「Brave」
  • 宮田和幸 - International Wrestling Database (英語)
  • 宮田和幸 miyataness3234 - Twitter